第8回「いじめ・自殺防止作文・ポスター・標語・ゆるキャラ・楽曲」コンテスト
 作文部門・優秀賞受賞作品


    『 一本の鉛筆』
        


                                              ま り も 

先日、テレビのニュースを観て思わず泣いた。
いじめが原因で、小学生が自殺をしたと報じていたからだ。
まだ小さな体で、小さな心で、悩み苦しんで誰にも打ち明けられず、自らの命の幕を引く。
とてもひと事とは思えず、やり切れない気持ちになった。
私もかつて小学生の頃、いじめを受けた経験がある。
リーダーの女子と複数人のグループの中、いじめの標的が次々と変わる。
無視や陰口、持ち物を隠したり捨てたり、どんどん手口はエスカレートしていった。いじめられている間は、じっと一人で耐えるしかない。
私には、グループ内に親友がいた。
二人で登下校を共にし、早朝マラソンをしたり、互いの家で流星群を見て笑いあった。
親友にいじめが回って来た朝、

 「今日から無視しちゃうけどごめん。」

と私は謝った。威圧的なリーダーに、立ち向かう勇気がなかった。
しかし私が標的になると、彼女は私の悪口を皆に言って聞かせた。
親友だと思っていたのに…と、裏切られた気持ちで一杯になった。
高層階の自宅から地面を見下ろし、飛び降りたら楽になれるだろうかと真剣に考えた。
でも友達を裏切るという行為は、二人共やっている事に大差はなかった。
当時私達の仲間に入らない、まさみちゃんという女の子がいた。
美人で頭も良く、スポーツも万能、本来ならばクラスの人気者のはずだった。
だがいじめっ子は彼女を妬ましく思い、彼女に話しかける人は誰一人いなかった。
でもまさみちゃんは芯が強く、辛い気持ちも涙も決して見せなかった。
ある日の休み時間、私が筆箱を開くとその中身が全てなくなっていた。
いじめの標的が私の番になったのだ。
泣きそうな顔で一人うつむいていると、

 「はい、これ。」

と言って一本の鉛筆が私の前に差し出された。
驚いて顔を上げると、そこにはまさみちゃんが少し恥ずかしそうに立っていた。

 「えっ、これ借りていいの?」

まさみちゃんは笑顔で頷いた。
彼女の優しさに触れ、私もやっと変わることが出来た。
その日以来私は勇気を出してグループを抜け、まさみちゃんとはその後本当の意味での大親友になった。
あの時彼女が鉛筆と共に優しく声を掛けてくれなければ、私は生きていないかもしれない。
そして母親になった今、小学生の娘のいじめの問題が発生した。
ただ一つ違うことは、娘は私と担任の先生にそのことを打ち明けてくれたのだ。

「毎日鉛筆が一本、なくなっているの。」

娘は苦しそうにそう言った。その言葉を聞き、私はかつての自分のことを思い出した。

「学校休んでいいんだよ。」

「でも音楽も図工も、授業は好きだから休みたくない。」

そういう娘の気持ちを尊重し、いつでも学校を休んでも良いというルールを決め、私は娘を見守る事にした。担任の先生とも連絡を取り、娘の思いを伝えた。
娘の言葉通り、毎日鉛筆は一本ずつ減っていった。
私は鉛筆を百本買ってきて、そのひとつひとつに名前を書いて補充し続けた。
鉛筆が減るたびに、娘の心の灯火が消えるようで胸をえぐられる思いだった。
出来ることならば代わってあげたい、そう思った。
ある日の夕方、いつもより遅く娘が帰宅した。
ずっと学級会だったというのだ。
先生は、加害者や被害者をやり玉にあげず、命や友達、人を思いやる気持ちについてなど子供達に話し合わせたそうだ。

「明日も一日学級会だってさ。」

娘がぽつりと言った。今、娘のクラスで勉強よりも大切なものは何か、それを全員が理解するまで続けるというのだ。

「何か発言したの?」

と聞くと、

「いじめられたらすごく嫌な気持ちになります。って言ったよ!」

そのたった一言。当たり前のこと。でもその一言が子供の頃の私はずっと言えずにいた。
私に代わって娘が言ってくれたような気がした。

「すごい!偉かったね。」

「だからママ、もう鉛筆補充しなくても大丈夫だよ。」

私は娘を抱きしめ、二人で思いきり声を出してわんわんと泣いた。
あの頃の私が、泣く事も出来ずに気持ちを押し殺していたように、娘もまた泣くことをずっと堪えていたのだ。
それ以来、鉛筆の補充は必要なくなった。

「日曜は、友達と遊べないからつまらない。」

と娘が言う。親にとってこんなに嬉しいことはない。
娘はまた笑顔で登校する事が出来るようになった。
この問題を通して、私の中の「いじめられた私」がやっと浄化出来たような気がした。
いじめは年々陰湿化、暴力的なものへと変わっていく。

“人が嫌がる事はやらない”

小さな子供にも分かることだ。
それを私達大人が、子供達に徹底的に伝えていく。これは親としての使命だと思う。
学校という狭い環境の中で、いじめられる辛い経験は、子供一人では抱えきれるものではない。
でも、家族、友達、先生、思いを吐き出せる相手が一人でもいれば、いじめを防ぐ事は困難でも、自殺防止には有効だと思う。
大切な命の灯火が消えないように、これからもずっと子供達を見守っていきたい。
楽しいことが無限に待っている、一人一人が私達の大切な宝物なのだから。